1 :名無しさん@おーぷん
肉も化学調味料も手に入らない時代
2 :名無しさん@おーぷん
だろ
3 :名無しさん@おーぷん
原始人すら肉食ってたのに
それすらない時代っていつだん

カンブリア期辺りか?
4 :名無しさん@おーぷん
>>3
農民が肉や魚なんて食わんだろ
5 :名無しさん@おーぷん
どのくらい昔?
6 :名無しさん@おーぷん
>>5
戦前(都市部は除く)
12 :名無しさん@おーぷん
>>6
食うや食わずやと言う時代だな
なんとか飢えタヒにが減ってきたレベルだから
美味いもマズイも無いよ
15 :名無しさん@おーぷん
>>12
そんな話してなーよ
17 :名無しさん@おーぷん
>>15
いや、だからご飯に美味しいもマズイも言ってられない時代なんだから
美味しくないのは当然ってこと
7 :名無しさん@おーぷん
むしろ農民のほうが家畜がタヒんだりしたら食ってた
侍のほうが全くといって良いほど四つ足は食わない
19 :名無しさん@おーぷん
>>7
公にしないだけで牛肉好きの武士は多いよ
27 :名無しさん@おーぷん
>>19
水戸光國とか一橋慶喜みたいな変わり者だけだろ
慶喜なんて豚食ってたから豚公坊ってバカにされてたし
当時の倫理観から考えれば、病人以外は一般的には食えなかった
32 :名無しさん@おーぷん
>>27
一応流通はしてたよ
39 :名無しさん@おーぷん
>>32
ももんじ肉って言って病人に滋養付けさせる薬みたいな扱いだった
幕末くらいになると、西洋かぶれが好奇心から食ったりしてた程度
49 :名無しさん@おーぷん
>>39
彦根藩が牛の解体を許された唯一の藩で
井伊直弼は『薬』とされてた味噌漬け牛肉を好んで食べた
57 :名無しさん@おーぷん
>>49
だから薬として食ってたって言ってるじゃん
井伊直弼なんかは開国派のキチガイだったから西洋かぶれで食ってた
67 :名無しさん@おーぷん
>>57
薬はあくまで名目
ちなみに彦根藩は将軍家や諸大名に味噌漬け牛肉を贈って好評だった
徳川家斉は牛肉の催促までしている
69 :名無しさん@おーぷん
>>67
だから幕末の一部の好事家の話ね
73 :名無しさん@おーぷん
>>69
ルイス・フロイスは「僧は肉・魚は食べないと言っているが、裏では普通に食してる」
とまで書かれてる
81 :名無しさん@おーぷん
>>73
戦国時代には犬肉や猫肉を食うのが武士間では一般にあったらしいけど、倫理の進んだ江戸時代では廃れてる
薩摩では犬追う物とか犬を狩る風習があって江戸時代でも犬肉文化があったらしいけど
86 :名無しさん@おーぷん
>>81
生類憐れみの令はそういうのが背景だったんだっけ
91 :名無しさん@おーぷん
>>86
うん
綱吉が生類憐れみの令出してなかったら
隣国みたいに今でも犬肉文化が残ってたかもしれない
108 :名無しさん@おーぷん
>>91
犬食に関してはタヒんだ祖父も戦時中に経験してたみたいだから、完全に廃れたのは昭和中期になってからだろうね
ただ、犬食で地域差があったのが祖父は「一白二赤三黒四斑」と言ってたんだけど、他所で訊いたら「一赤二白三黒四斑」とか「一黒二赤三白四斑」と四斑以外が割れてたのが面白かったな
114 :名無しさん@おーぷん
>>108
赤犬はアジアでは食肉が一般的だから、一赤っていうのは全国的だと思ったけど
地域差があるってことはそこまでおおっぴらに食われてたわけじゃないってことだよね
116 :名無しさん@おーぷん
>>114
チャウチャウが元々食用犬だったのが観賞用になったと考えれば赤が一番なんだろうけど、俺の場合は祖父の発言が犬食に関する情報の最初だったから白が一番なのかとずっと思ってたね
北海道は赤犬が少なかったのかな
96 :名無しさん@おーぷん
>>86
違う。
生類憐みの令は主に殺人を取り締まるための物だった。
ついでに馬殺しをやめさせるものでもあった。
犬殺し禁止はついでのこと。
99 :名無しさん@おーぷん
>>96
犬殺し禁止をすることで人殺し馬殺しにも繋がるんだよ
ようは武断政治から文治政治への転換ってことで倫理の引き締めが目的だから
9 :名無しさん@おーぷん
何にせよ美味しくはないだろうな
10 :名無しさん@おーぷん
日本の話なら牛馬は底辺の食い物とされて
むしろ庶民でも簡単に食えた
13 :名無しさん@おーぷん
>>10
どのくらい正確化は怪しい
11 :名無しさん@おーぷん
江戸時代〜戦前だな?
不味いよ

今の調味料体制になったのは戦後数十年経過してからだしな
今食ってる米の大半ですら基本戦後に改良されたものだし
14 :名無しさん@おーぷん
>>11
でしょうねぇ
米も甘くなくておかずも塩辛いだけだろうな
16 :名無しさん@おーぷん
戦前だと冷蔵庫すら普及して無いからな
華族や大金持ち、軍の施設ぐらいじゃね?冷蔵庫あるの
18 :名無しさん@おーぷん
>>16
東北の農村だと氷室京介があった
20 :名無しさん@おーぷん
砂糖塩酢醤油味噌ぐらいだしな
22 :名無しさん@おーぷん
>>20
出汁や化学調味料が一切入ってない良く言えばシンプルなやつね
21 :名無しさん@おーぷん
といっても、味噌も醤油も浸透してたんだから
そこまで食えないってことはない
24 :名無しさん@おーぷん
>>21
美味しくないぞ
23 :名無しさん@おーぷん
昔基準なら当時の飯が一番美味いんだぜ


だって今の飯を知らないんだから(´・ω・`)
25 :名無しさん@おーぷん
お前は江戸時代の宴会料理の豪華さを知らないからそんな事言ってる。
30 :名無しさん@おーぷん
八百善の料理とか今じゃ再現するのも難しいほど高度だったんだぜ。
33 :名無しさん@おーぷん
>>30
一般庶民は食えんだろ
34 :名無しさん@おーぷん
都市部ならカツオや昆布が手に入っただろうけどな
田舎部ではそのままだろ

しいたけ?
あれまともに栽培されはじめたのって戦前戦後位からだぜ(それ以前は完全な博打状態)
37 :名無しさん@おーぷん
味噌醤油が一般的になるのは江戸時代からだぞ
それまでは塩味オンリー
あと七輪が出来て一般家庭で焼いたり出来るのも、備長炭出来る江戸以降だから、囲炉裏でじか焼きオンリー
江戸以前は食えたもんじゃない
38 :名無しさん@おーぷん
蕎麦やうどん、寿司に和菓子と
江戸時代から同じ素材、同じ工程で作ってる老舗あるけど
十分今でも美味いだろ
48 :名無しさん@おーぷん
>>38
同じ素材なんて絶対に手に入らんと思う
寿司屋そばに関しては味が決まってるし
41 :名無しさん@おーぷん
味噌は戦国時代から一般化してたぞ
45 :名無しさん@おーぷん
>>41
塩だけで作った味噌なんて味しないだろ
51 :名無しさん@おーぷん
>>45
八丁味噌も知らんのか
52 :名無しさん@おーぷん
>>51
普及してないし八丁味噌自体最近の物の可能性
55 :名無しさん@おーぷん
>>52
味噌なんて元々は豆と塩だけだぞ
56 :名無しさん@おーぷん
>>55
そんな話じゃねーよ
59 :名無しさん@おーぷん
>>55
八丁味噌は徳川家康の時代には兵糧として作ってた
一般向けに生産が始まるのは江戸時代以降
43 :名無しさん@おーぷん
鶏肉やスッポンは江戸時代でも食べてたろう
46 :名無しさん@おーぷん
例:信濃国在住農民が冬に食べていた食事(江戸時代)
・朝食
大麦を煎って粉にした香煎(こうせん)、蕎麦粉を固めて焼いた蕎麦もち
・昼食
四分搗きの米に稗と大根と大根の葉を入れた「かて飯」
・夕食
大根と粉団子の汁物

年貢で米作の大半を持っていかれた頃の話だからまだましな時期もあっただろうけど、これを純粋に美味いと思いながら食していた人はいないだろうな
53 :名無しさん@おーぷん
>>46
その時代の人たちとってはそれが普通だったんだから美味いと思う人もいたんじゃね
俺らが美味しくないと考えるのは比較対象があるからだし
66 :名無しさん@おーぷん
>>53
まぁ、憶測で物言うしかないからね
それを美味い美味いと食べていたのか、生きる為に我慢しながら食べていたかなんて今じゃ知る由もないしなぁ
60 :名無しさん@おーぷん
現代の人間は多種多様の食材があるから多少舌は肥えてるだけであって、当時の人からしてみればその当時の食事が美味しく感じられたかもしれないだろうってのはあると思う
あるいは、当たり前の流れに慣れて美味い不味いは別にどうとも思ってないとか
65 :名無しさん@おーぷん
それを思ったら今の『出汁入り』の醤油とか味噌って超進化だよな
68 :名無しさん@おーぷん
他の人も言ってるけど
今の日本食って戦後から普及したものがかなり多いからね
72 :名無しさん@おーぷん
正直、漬物の様な食品は昔ながらのものが美味しく感じられるのはあるんだよな
天日干しによる無着色の沢庵なんかは、昔ながらの伝統の味の方がいい
そう考えると、昔は昔で悪くない食生活だったのかも
85 :名無しさん@おーぷん
>>72
当時の味覚を舐めてはいけない。
日本人は玉露を飲んで酔っ払っていたぐらいなんだから。
97 :名無しさん@おーぷん
>>85
カテキンの抽出量の問題なのかね
まぁ、摂り過ぎは毒になるのは全てにおいて言える事だからあっても当たり前に思えなくもないかな
82 :名無しさん@おーぷん
牛や馬、四つ脚は食うのはやめろ

ウサギ?あれは鳥です
イノシシ?これは花のぼたんです(山で獲れたくじらです)
鹿?これは紅葉です
92 :名無しさん@おーぷん
江戸時代の牛や馬は基本的に農耕道具や軍事関連であって食としての対象じゃなかった
ただし使えなくなったのは食っていた(提供するのは江戸の外のみ)
95 :名無しさん@おーぷん
縄文時代から鯨とか魚介類は食ってたやん
絶対不味いとまでは言えんやろ
98 :名無しさん@おーぷん
基本は江戸市中でのルールだしな
江戸から出れば割と自由
107 :名無しさん@おーぷん
>>98
そりゃ徳川の禁制が通じるのは江戸と天領とか代官支配地だけだからな
外様大名の領地なんかには当然及ばないし、藩内だけで流通する通貨まであったくらいだから
121 :名無しさん@おーぷん
北海道と言えば日本で最初の味噌ラーメンが開発されたのが戦後の札幌ってのは有名かな?
ラーメンって日本食として定着したのは戦中戦後で日清がチキンラーメン出すまでは南京そばって言う名称が一般的だったっていうのは意外な感じがした
123 :名無しさん@おーぷん
ラーメン自体は水戸光國が江戸時代に食ってるのに、庶民に広まるのはその100年以上後っていう
129 :名無しさん@おーぷん
>>123
単なる言葉狩りかもしれないけど、拉麺とラーメンは全くの別物だと何処かで聞いた事があるんだよな
拉麺はいわゆる中華そばの事で、それを日本風にアレンジしたのがラーメンだとか何とか
んで、味忘れたけど最初のラーメンが誕生したのは大正の頃らしいとかって話もあるらしい
130 :名無しさん@おーぷん
>>129
うん
最初のラーメンは大正の頃で函館で南京そばの店をオープンするってのが新聞広告で残ってる
ラーメンと拉麺の違いってのはわからない、戦前には基本的に南京そばか支那そばって言ったみたいだし
ラーメンって名称が広まるのは日清食品以降みたい
横浜では明治すぐから中国系の人のラーメンの店があったみたいだけど
126 :名無しさん@おーぷん
美味しんぼとか料理もの漫画とか見ると今の化学調味料漬けの食い物よりも昔ながらの製法で作った物の方が遥かに美味い
てのが相場だよね
127 :名無しさん@おーぷん
日本食が伝統とか文化とか言ってもせいぜい江戸以降か明治以後なのは仕方ない
他の国の食文化だってせいぜいそのくらいだし
133 :名無しさん@おーぷん
これだ
記録に残ってる最初のラーメン屋
135 :名無しさん@おーぷん
>>133
当時の1円は今の1,000円くらいだから、上1,000円・中750円・下500円はそこ迄高い訳ではないんだな

…と思ったけど、大正時代の大卒初任給が約50円だから、1円はなかなか高級料理になるか
136 :名無しさん@おーぷん
>>133
ラーメン屋ってか中華料理屋だね
ラーメン自体が初登場みたいだ
函館みたいだけどまだあんのかね
134 :名無しさん@おーぷん
すまん
ラーメンの話で脱線させてしまって
何が言いたいかって言うと、今の食文化なんてせいぜい1〜2世紀しか遡れないってこと
137 :(*&◆XfVL/oVF/qDY
水戸黄門の食べたラーメンってどんなんやろ
138 :名無しさん@おーぷん
>>137
再現したやつを水戸の博物館で食える
140 :(*&◆XfVL/oVF/qDY
>>138
ホンマや美味しそうやな

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